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大阪高等裁判所 昭和30年(ラ)88号 決定

抗告人(申立人) 黒塚繁治

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙記載のとおりである。

思うに、行政処分の執行停止を命ずることができるのは、行政事件訴訟特例法第一〇条第二項に規定するように、その処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合でなければならない。ところが本件家屋について公売の手続が執行せられ、買受人が代金を納付して所有権を取得したとしても、本件家屋が直ちに買受人に引き渡されるものではなく、買受人が抗告人に対し右家屋の明渡を求め、あるいは取りこわすためその退去を求めるには、抗告人に対し通常の民事訴訟を提起しなければならないものである。従つて本件公売手続が執行せられても、これによつて抗告人に直ちに償うことのできない損害が生ずるものではなく、その損害を避けるため執行を停止すべき緊急の必要があるものということはできない。その他記録を調べてみても本件公売手続の執行を停止すべき事由はないから、これを停止しなかつた原決定は、他の抗告理由に対する判断をするまでもなく相当なことが明らかである。そうすると本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 喜多勝)

抗告の理由

原審の決定は事実の誤認によるものであつて不当である。即ち、

一、原決定は抗告人が営業主でないとの疎明は右事実を肯認するに足りないとするが疎甲第三号証に於ては橋爪政治は明らかに自分が抗告人の氏名を冒用したものであつて之がため刑事処分を受けても致し方なしと言つてをり、疎甲第二号証の質問てん末書(第一回)にも橋爪及抗告人の右点に対する供述が記載せられてある事実によつて疎明十分なりと信ずる、前科数犯の者ならば兎角通常人の自己の刑事責任を認める橋爪の供述書(疎甲第三号証)は証明としてはさてをき疎明としては採用し得べきものであると信ずる。

二、次に原決定は本件家屋が売却せられても抗告人としては緊急を要するものではないとするが、月収二万円で七人家族の抗告人が唯一の安住の地である本件家屋を公売により失つた結果は現在の住宅事情経済事情より考え怖るべき結果となることは明らかである、之に引き換え被抗告人に於て本案判決迄之が公売を停止した場合如何なる損害があるか経済力豊かな兵庫県として本件税額(十六万円)等は殆んど問題にはならずこれこそ単に金銭を以てする損害に過ぎないものである。

三、抗告人は本件申立によつて本案判決を求めているものではなく、本案判決迄公売を持つて呉れと言つているのである。一般民事事件に於ては慎重なる第一審の判決に対しても控訴と共に仮執行の停止を求めれば極めて容易に之を認めて控訴人の利益を図つている。本件公売手続はたまたま県税事務所と言う行政庁の行政処分となつているので行政事件訴訟特例法等の問題となつているが其の実際上の問題は抵当権の実行と実質上何等変りはないものである。本件の事業税等、賦課と言う行政処分が第一審裁判所の判決より信用し得るものとは到底考えられないし又本件公売を本案判決迄停止したとしても他の行政処分の如く当事者のみならず広い範囲の影響を来すものとも考えられないから抗告人の疎明の程度で十分と信ずる。

四、尚右疎明によつても十分でないとするならば本件の如き事件に於ては当事者を審尋するか又は口頭弁論を開くべきである。

右抗告する。

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